PR


新シトルリンXL 2袋セット(計60日分)+初回注文限定オマケ(新シトルリンXL 1袋)/送料無料/局留可/秘密厳守【うるおい生活リンリン本舗】
New Entries
Category
useful
Links
役立つ情報・方法
PR
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」04
0

    浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」04


     その頃、月堂は、簑島老人が語ったような絵を描くのにほんとうに真剣だった。実際、彼の生命は彼が信じていたとおり、あまり長くもないように見えた。自分の生涯が大して長くないという自覚と、その短い間にせめて、自分が画家としての記念碑を残そうという決心が、彼を駆って、まったく真剣ならしめた。

     どうしても二人の男女のすがたを描こう、美しく、しかも悲惨に! これが彼の最後の望みだった。
     彼はまず女の顔を発見した。しかしその女は老人の言ったような役者なので、うちに入れるわけにいかない。ポーズをとるのにはすべて自分の凄を用いた。

     夫のこの苦しい、しかし真剣な決心を知っている彼の妻は、甘んじてそのモデルになった。
     それには、真夏であることが都合がよかった。月堂は、初夏から夏の最中まで毎日のように、妻を半裸体にして柱に鎖で縛りつけては、その形を研究したのだった。

     ところがある日、彼がいつも通る近所の八百屋にきれいな子供がいることを発見した。
     彼はその少年を一目見た時、いつの間にかはるか昔、その少年が稚児姿になって、苦しめられている幻影を脳裏に浮かべたのである。
     簑島老の話によっても、またその他のことから考えても、月堂を美少年好きと解釈することは当たらないらしい。

     彼はまったく自分の芸術のために美少年が入用だったのである。
     八百屋の子供に渡りをつけることは必ずしも難事ではあるまい。しかし彼の望みどおりのモデルに使うのはかなり難事だったに違いない。
     けれど、今はすべての難事は忍ばれなければならない。どんな苦しい思いをしても月堂は少年と近づく必要を感じた。

     必要でもない青物を買って、わざわざそれを茅屋(あばらや)にもってこさせた時、月堂は初めてその少年と語った。少年の名は勇吉という。月堂は貧しい中から相当な金を勇吉に掴ませて、まずその甘心(かんしん)を買った。そうしてだんだんと懇意になっていったのである。

     少年勇吉が月堂の家の柱に初めて後ろ手に縛られたのは、暑い八月に入ってからだった。
     十六歳の勇吉にはもとより月堂の真意が分かるはずはなかった。一応の説明を月堂から聞かされても、それが月堂にとってどのくらいの値のあることかは、分かるはずはなかった。ただ彼が月堂のモデルになったのは、それに対する月堂からのご褒美がほしかったからであった。

     月堂は勇吉を縛るためにはあらゆる努力をおしまなかった。彼の貧しい懐から彼にとってはかなり多額な犠牲が払われていた。彼は勇吉に、絶対に父親にはモデルの話をしないという約束をさせた後、父の八百屋に対しても好意をもたれるようにしむけて、用もない書物を買ってやるようにさえした。

     勇吉にしてみれば、まるで他(はた)から見るようないやな役目ばかりしていたわけではない。うちにおれば始終こきつかわれているが、月堂の所への届け物といえば父も月堂からのつけ届けでいやな顔をしないで、長時間のひまをくれる。

     柱に縛られているといっても、両手が不自由なだけで、しばらく我慢しておればいいんだし、その間、別に殴られたり突かれたりするわけではないのだから、一方から言えば、うちに働いているよりよほど楽だったとも言える。
     ただ初めて、絵のモデルとなって縛られてくれと言われた時は、さすがにちょっと驚いたけれども、それに対する報酬がたしかに彼を誘惑した。

     月堂は、勇吉の形をうつした後では必ず映画を見につれていったり、時には鰻を食わせたりした。
     女でないから裸体になるのを少しもはずかしがらないのは、ことに月堂にとってはよかった。その年の八月は十分に暑かったから、勇吉にすれば着衣でない方がよほど楽なわけであった。


     月堂は、妻と勇吉とを交わる交わるモデルに使用して、殉教者のいろいろなポーズをまず描いた。
     下図はかなり成功して進行した。ただ気になるのはその群衆の表情だけだったが、群像は群像として心にかなうようにすすんできた。
     そうしてその下図ができあがった頃、月堂はいよいよ主人公の二人を描きださねばならなくなった。彼は八月半ばになって、いよいよとりかかろうと決心した。





    バナナ酢ダイエットの作り方・飲み方

    ネギの血液サラサラ効果




    posted by: nandemoya1 | ちょっとだけ読書 | 21:26 | - | - |
    浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」03
    0



      浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」03


       するとその翌々年の初夏頃でしたろう。
       突然、月堂が私の所へやってきました。珍しくその時は手ぶらでしたが、顔色がどうもあまりよくないのです。おまけに咳をゴホンゴホンしていたので、私は身体(からだ)の具合を聞いてやりました。

       月堂の話によると、どうもこの二三年前から身体の具合がわるく、咳が出たり熱が出たりするのだそうです。かかりつけの医者は、肋膜(ろくまく)だというそうですが、どうも自分はそうは思わない、肺の具合がひどくわるいらしく仕事もあまりできない、ついては今のうち後世に残すに足るようなものを描きたいっていうのです。

       ひどく心細いことをいいますが、同時にひどく大きなことを言いだしたわけなんです。
       それが私がどんな絵をやるんだと言いますと、いよいよ大がかりな殺しの絵にとりかかっているというのです。
       なんでもその筋は島原のバテレンが殺されるところで、人物を五十人くらい描いてゆく。それに一人一人生命をうち込んで描いてゆく。無論これがみな殺されかかっているところなんですよ。

       そこで、私をたずねてきた頃には半分ばかり描きあげた。しかしいちばん大切なのがどうしても描けないって愚痴をこぼしているんです。何がいちばん大切なのだというと、一対の若い男女を焼き殺すんだが、これだけは特に大きくやりたい、これがこの物語の主人公だからと申すのです。

       詳しいことは、覚えていませんが、月堂の頭の中にそのころ描かれていた話の筋の主人公というのは、どっかの武士の娘なんです。

       むろん場所は島原なんですが、名前なんか忘れちまいました。この娘がかねてある小姓とねんごろになっている。ところでこの小姓はある武士の子なんですが、これがバテレンなのです。

       娘は男を恋するあまりに、自分も一緒にその信仰に入るのです。するとここに他に一人の武士がいて、この娘に横恋慕(よこれんぼ)してはねつけられる。この武士は娘が小姓といい仲であることを発見し、同時に二人がバテレンだということも知ります。

       そこでしまいに娘をおどしにかかります。自分に従わなければ、お前が伴天連(バテレン)だということをお上へ訴えるというわけです。

       娘は自分はかまわないけれども、恋してる男に不幸がきては大変だと煩悶します。といって他の男に許すわけにはいかない。そこで進退きわまって自殺をしに出たところを捕まります。横恋慕の武士は今はこれまでというので、バテレンの一件を訴え出る。そこで二人はむろん二人の家(うち)のものもみな捕まって責められる。

       結局この二人はどうしても信仰をひるがえさないので、恋仇の見ているまえで焼き殺されるという次第なのです。
       つまり月堂はこの悲劇の主人公二人を他の大勢の殉教者とともに描きたい。特に二人だけを大きく、そうしてほんとうのものにして描こうということになったらしいのです。

       ところが、今まで殴ったり切ったりした表事(おもてごと)はあるけれども、焼き殺されようとする人を見たことがないので、こいつがいちばん困るといっていましたよ。そりゃそうでしょうとも、そんな注文どおりのモデルなんか、昔でなければ見られるはずもありませんからね。

       もっともそのとき帰りぎわに、姿だけは二人ともモデルを発見したってよろこんでいました。何でも女の顔はそのころ浅草の芝居に出ていた女役者の顔をかりるんだそうです。

       男はどうも素人のきれいな顔でなくちゃいけないというんで、なんでも近所の八百屋か何かの十六七の倅(せがれ)で、いい顔をした少年を見つけたって言ってました。

       さて、私はこの日、月堂にあったきり、その年の九月まで会わなかったのです。
       九月に月堂が私の所に来た時は、もうおそろしい罪を犯してきたあとなんですから、それがどうして行われたかということは月堂が死ぬまぎわになってやっと話したことなのです。だからこれから申し上げることは、全部月堂から聞いたとおりをお話しするわけです。

       簑島(みのしま)老人はこう言って渋茶をぐっとすすって、そろそろうるさくなってきた薮蚊をうちわで追いながら月堂の犯罪を物語った。以下記すところは老人の話である。






      付けて寝るだけで、バストがぐんぐん大きくなる魔法のブラ!

      O脚に悩んでいる方に





      posted by: nandemoya1 | ちょっとだけ読書 | 21:12 | - | - |
      浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」02
      0

        浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」02


         私はぞっとして絵から目を離して老人の顔を見入った。

         月堂はこれを描くために人を殺したんですよ。いや、人を殺したためにこの絵ができたんだと言っていいでしょう。
         こうやって見ただけで火あぶりと分かるでしょう。可愛そうに、二人の人間が月堂に焼き殺されたんです。
         けれど誰だって月堂が人殺しをした話なんか知ってはいません。知っているのはこの私一人なんだから、月堂が肺を患って死ぬまぎわまで私にも言わなかったことですからね。
         ではどうしてそんな大それた罪が誰にも知れずにすんだか。すっかり初めからお話ししてお聞かせしましょう。

         箕島老人の言葉はいよいよ奇怪になってくる。私は火あぶりになっている少年の絵を前に広げたまま、老人の話を一語も聞きもらさじと耳を立てた。

         大矢月堂の若い頃のことはよく知りませんが、私が月堂を知ったのはあの男が三十位の時だったと思います。私がなに大したことでもなかったのですが、ちょっと世話をしてやったことがあったので、それ以来、たいへん私ら夫婦を徳としてはちょいちょいやってきたものです。

         結局それが縁となって私はこの男の死に水を取ってやるようになり、また、この絵を手に入れ、そうしてそれにまつわるおそろしい物語を聞いたってわけなんです。
         私が月堂を知ったのは今も申したとおり、あの男が三十をちょっと出たくらいの時でしたが、その頃は、新派の某(それがし)という俳優たちの一座から買われていて、舞台の背景なんかをやってました。

         その頃もいつも世話場なので時々、風景を描かせては私の旧藩主の家なんかに行っていくらかにしてやったものでした。
         人殺しの絵の趣味は無論その時分からなかなか盛んで、暇さえあれば一生懸命にかかっていたわけですが、この仕事にかかると奴さんまったく気違いじみてくるんです。

         よく責めの絵をかく絵描きは、人間をほんとに縛ったり転がしたりして写生するって話ですが、月堂もやっぱりそうなんです。
         下まわりの役者に頼んでは倒れてもらったり、縛られてもらったりしていたんですが、その絵をかいている時はまったくむきなので、しまいにはその何とかいいますね、そうそうモデル、そのモデルになっている人間が気味が悪くなって逃げるっていうことですよ。

         だけれども月堂はいつも不満を言ってました。役者をいじめたり縛ったりしたって結局芝居にすぎない。おまけに役者はなかなか表情がうまいし、また芝居心があるからかえってうそに流れっちまうというんです。それで時々素人の男女をひっぱってきてかかるんですが、はじめは納得してもしまいには気味が悪くなって、みな逃げるんだそうですよ。

         いつだったか、ある役者をモデルに使っていた時なんざ、いざ斬られるという時の表情が見たいってんで、モデルを縛っておいて、いきなり台所から出刃庖丁をつかみだしてきたんですね。それがほんとに斬りそうにしたもんですから、その役者はおそろしくなって大声をあげたんです。
         すると月堂はますますいい気になって、とうとう腕のところをちょっとでしたが突いて傷をさせてしまいました。それであとで大さわぎとなり訴えるとか何とか言うことになりましたが、結局いくらか金をやっておさめたことなんかがありましたっけ。

         ところで月堂のあとでの言い草がいいじゃありませんか。あの表情をほんとに見つけるのに五十円とはやすいもんだ、金で殺せるなら誰かやってみたいんだが、とつくづく嘆声をもらしていました。
         といってもこの男平生はちっとも変わったところはないんですぜ。あの頃まだ独身でしたが、仕事にかからなければ男にも女にもたいへんやさしいんです。けっしてこの頃あなた方のよくいう奴じゃなかったと思うんですがね。

         話が長くなりますから、この辺でおもしろいところへ飛んじまいましょう。
         大正も十年頃になって月堂は女房をもらいました。そうして本所の方のある町に小さな家(うち)をかりてそこにまあ世帯をもったわけなのです。
         私は当時からこの郊外に住んでいたので、奴さんとあんまり会う時もなく、時々絵でももってくると、なんとかよそへ売れ口をさがしてやっていたんです。







        posted by: nandemoya1 | ちょっとだけ読書 | 19:16 | - | - |
        浜尾四郎探偵小説「富士妙子の死」(全)
        0

          浜尾四郎探偵小説「富士妙子の死」


          「どうしたんだろう。あのくらいはっきりと約束したんだから、来ないはずはないわ。何か用事がまだできないのかしら……それにしても坂田さんの方から言ってきた時間なんだから、間違いはないわけなんだけれど……」
           夕闇がだんだん迫ってくる省戦M駅の出口の辺りに佇んで、富士妙子はこう独り言(ご)ちた。
           郊外の、まだあまり開けない小駅である。電車の着くごとに降りる客はいくらもないのだから、いくらあたりが暗くなったからとて、彼女が坂田種雄(たねお)の姿を見逃すはずはないのだ。
           妙子は暮れこむる秋の郊外に立ちながらも、いまさら今日の会合のおそろしさを考えた。
          「朝(あした)に夕べに聖賢の道をとく小学教員たる自分が、同じ学校に教鞭をとる坂田とこんな関係に立ってしまって……もし世間に知れたらどうしよう。今まで品行について、いささかの噂も生まなかった自分が、半年ほども前から甘い恋に酔っていたと知れたなら!
           いえいえ、教師だとて人間なのだ。教育家ではあるけれど、自分はまだ二十歳という、女としてはいちばん喜ばしい若さにいるのではないか。それが恋をするのが不思議だろうか。恋をしたからといって、世間から非難されなければならないのだろうか。そんな馬鹿げた話が……」
           こう感じて妙子は、なんとなく勇気づけられたような気もしたが、しかし、今宵の約束を考えては慄然とするのを感じないわけにはいかなかった。
          「だのに私はいま何をしようとしているのだ。坂田に対していつかあの話を打ち明けた時、坂田ですら迷っていたではないか。それを、いかにせっぱつまった境遇にあるとはいえ、世に出でんとする生命(いのち)を……」
           こう思った時、妙子は堅い堅い決心にもかわらず、目がくらめくように感じたのである。

           富士妙子は××小学校の女教員であった。
           きわめて厳格な家に彼女は生(お)い育った。軍人だった父親は早く戦死して、あとは母の手一つで養育されたのだったが、母親がまたたいそうしっかりした女で、自分の手一つで貧しい一家を支える傍ら娘に教育を受けさせたので、妙子は自分が学校を出ると直ちに教員として世に立つという決心をして、××小学校に勤めるようになったのである。
           教員として数年、富士妙子は模範的教員と謳われ、児童からは親のごとく親しまれ、校長からは子のごとく信頼された。
           母親も我が子の立派なつとめぶりには大喜びで、もはや望むところはよき養子をして早く孫の顔が見たいということだけであった。
           その妙子は実は十ケ月ほど前から、同じ学校の教員坂田種雄と人知れず離れがたい関係に立ってしまっていたのである。
           坂田種雄は二十六の青年である。故郷は大阪で、苦学の末、小学教員の資格を得て、十ケ月ほど前に××小学校に転じてきた。至極、明るい、気持ちのよい青年だった。だから、妙子が坂田に恋したから、といっても、また彼らが人知れずよい仲になってしまったといっても、必ずしも不思議なこととは思えないのである。
           妙子の知っているかぎりでは、坂田種雄は大阪の生まれで商人の息子なのだが、彼が中学の時に父親が失敗してしまい、彼も中学を退かねばならなかった。その後いろいろ故郷で職を見出したが成らず、数年前に上京して叔父の世話で学校に通ったといっても、ほとんど独学苦学の有様だった。
           妙子にはこの健気(けなげ)な種雄の奮闘、その気の毒な立場などが同情せられてならなかった。妙子の好意は種雄にも直ちに容れられた。二人とも生まれて初めての恋だった。彼らはただ花に狂う胡蝶のように、すべてを忘れて恋のうま酒に酔った。
           ところが、二人は、人目よりももっと恐るべきものにぶつかってしまったのである。それは「自然」が二人の行為に対して、とうぜん報いるはずの事柄だった。
           妙子の身体(からだ)は四ケ月前から異状を現してきたのだった。彼女の驚きは言うまでもなかった。元より妙子は自分が妊娠しうる場合をおぼろげに考えてはいた。いたけれども、それはただ想像だけに止まっていたのだ。甘き恋のささやきと楽しい抱擁に酔いしれていた彼女は、いまさら、厳粛な事実の前に立ちすくまなければならなかったのである。
           妙子は最初自分で変だなと感じた時すぐに坂田に話した。しかし坂田は信じなかった。また信じまいとした。次いで妙子がいよいよ確実なことを訴えたとき坂田は狼狽した。そうして二人はただ途方に暮れるより仕方がなかったのである。

           作者はここで坂田種雄について一言述べておく必要がある。彼は大阪のある砂糖屋の一人息子に生まれた。彼が学校に行っていた頃は家産も相当にあったので、親は彼に立派に大学の教育を受けさせるつもりでいた。
           ところが種雄が中学四年の時、父は株に手を出して家産をまったくつぶしてしまった。種雄は不幸にも中学を半途で退かねばならなかった。それからすぐに彼は奉公に出された。呉服屋に二年ほどいたけれども、思わしくなくてやめた。次いで京都のある薬種商に奉公して薬剤師の見習いをしていたが、これも一年半ほどして辛抱ができなくてやめた。
           次いでまた大阪に戻って染物屋に住み込んだが、ここでも二年と続かなかった。両親も困っていたところへ、東京へ出ていた種雄の叔父がようやく安定の生活に入ったので、種雄に上京させたらどうかという便りがあった。父母はもちろん渡りに舟と大喜びで彼を叔父の手元によこした。
           上京後の彼は奉公口を探さないですんだ。叔父の世話で学問をすることができた。しかし元より叔父だとて、彼に高等教育を受けさせる余裕はない。しかし種雄は上京を期として非常に真面目になった。勤勉になった。そうして二年ほど前に、小学教員の免状を得て未来の国民を教育するという重大な、しかも光栄ある職務につくことができるようになったのである。
           彼が××小学校に転じたことがすべての不幸の源(もと)であった。彼はそこで富士妙子に会わねばならなかった。そうして彼も彼女もたがいに、生まれてはじめての恋を感ずるようになったものである。
           妙子が妊娠したということを確実に知った時は、妙子も種雄もただ狼狽した。けれどもこの事実はむろん妙子にとっては、いっそう重大問題だった。
           第一、妙子はその当然の結果としてある時期は学校を休まねばならない。どんな理由に口実を設けたにしろ、彼女が一人の人間を産み落とすという事実をごまかしきれるものではない。未婚の女が子を生むということ! おおそれはなんたる恥ずかしいことだろう。しかも神のごとき無邪気な児童に師とよばれ慕われる彼女が、夫もなくて子をうむとは!
           それは考えても堪らないことだった。彼女はたった一人でそう思った時でえ、顔がほてるのを感じた。
           第二に、この恥辱がもたらすその結果を妙子は思わずにはおられなかった。むろん彼女は学校を退かねばなるまい。彼女の細腕で支えている一家はどうすればいいのか。しかもいったん不名誉で放校される以上、再び同じ職務につくという望みは擲(なげう)たなければならない。けれど彼女はどんな新職業についたらよいのか。
           最後に、しかしながら彼女にとって最も重大だったのは母のことだった。母は我が子の善良さ貞淑さを信じきって、近頃では他人にさえ恥ずかしいほど妙子のことをほめている。その母親にこの事実を打ち明けるということ! いやいやそれは絶対にできない。母はこのごろ彼女のためにいい婿さえ見出した様子である。
           もし事実を母に打ち明けたならば、夫が戦場で戦死したという報知をさえ、けなげにも落ちついて聞いていた彼女は、恥辱のあまり自殺してしまうかもしれないのだ。
           彼女の立場はまったくデスパレート(絶望的)なところにまで進んできてしまったのである。
           せっぱつまったあげく、妙子はある日、種雄に恐ろしい考えを告げた。けれど種雄ははっきりした返答をしなかった。さすがに彼もそれを決行する勇気はなかったのだろう。
           しかし時は遠慮なく進む。妙子はいよいよ苦しみに悩まされて、しばしば種雄に決意を示した。種雄もだいぶ考えが動いてきたらしい。(と、妙子には見えた)
           すると、昨日(きのう)種雄から妙子にしらせがあった。薬を手に入れた。知っている薬屋にもらったから明日М駅で会おうと言ってきたのである。
          (作者は、種雄と妙子とがこの問題についてかくのごときデスパレートな態度に到達するまでに、種々な会話があったことを信ずるのみならず、結婚問題その他についてもっともっといろいろな相談のあったことを信ずるものであるが、ゆえあってここには全部それを省く。作者はただ彼らが互いに許しあった時、男も女もほんとうに愛し合っていたものだと信ずることを記しておく)

           うそ寒い秋の暮れ方に、恐怖と決意と、そしてある期待に青白くなって震えていた妙子が、坂田の姿をМ駅の出口に見出したのは、約束の時よりも三十分ほどたった後であった。
          「お待たせしました。さあ行きましょう」
           さすがに坂田も非常な決意に興奮していると見え、ひどく口数少なく、よそよそしく歩きだした。妙子はただなんとなく恐ろしいままに、黙ってあとからついていった。
           彼ら二人は国家の法律を犯そうとするのだ。恐怖に襲われることはけっして不思議ではない。
           約三十分ほど歩いた二人は、もうまっくらになった森の中にわけ入った。
          「坂田さん、大丈夫?」
          「大丈夫です。確かな人に聞いてきたんです。薬はほらここにあります。水も持ってきました。この粉末をぐっと一息に飲めばいいんですよ。後始末は僕がやります。こんなことは町中の家ではやれませんよ。××したあとの始末が困るんです。たいていそれで足がつくんです。
           僕はこの場所をこのあいだ見にきて、ここなら大丈夫、誰にも発見されないと見極めをつけたんです。それに、ほら、用意周到でしょう。僕は油紙ももってきていますよ」
          「だけど、だけど、あなたはそれをうっちゃっておくつもり?」
          「冗談言っちゃいけない。埋めるんです。ちゃんとこの大きな木から四本目のあの木の所へ鍬を運んであるんです。大丈夫ですよ。僕を信用なさい」
           坂田はこういって手にしていた薬の包みを妙子に渡した。震える手で、彼女はそれを受け取って、おそるおそるその包み紙を開いた。
           この時から富士妙子は、永遠に地上からその姿を消してしまったのである。

           富士妙子が見るも無惨な死体となって現れたのは、この時から十日を経てからであった。犯罪の発覚の端緒は、ある酒屋の主人が、その子供と飼い犬をつれてМ駅からかなり隔たった森のそばを、秋晴れのいい空気を吸いながら散歩していると、森の中に入った犬が変なうなり声をあげておかしな挙動をした時に始まる。
           酒屋はべつだん気にもとめず、子供を草原の中で遊ばしていると、とつぜん犬が変なものを口にくわえてとんできた。泥だらけになっているが、まぎれもなくそれは腐りかかった人間の片腕だった。酒屋は腰を抜かさんばかりに仰天して、犬のあとをついてゆくと、女の死体らしきものが木の下に埋められてあって、犬がくわえてきたのは、その死体の片腕らしい。酒屋が夢中になって近所の交番に届け出たことはいうまでもない。
           直ちに係官の出動となって法律に従って死体は解剖に付せられたが、多量の毒薬○○が発見せられ、土に埋められた等の点からして他殺の嫌疑十分なるものとして、捜査機関は直ちに活動に入ったのである。
           現場(げんじょう)にあった物品中明らかに被害者の所持品である、と断言できないものが二つあった。一は薬品を包んであったらしい半紙、これは土の中にあったが、この半紙には明らかに○○の粉が付着していた。次に、やはり土の中から油紙が発見された。これは何に使用したかちょっとわからなかった。
           捜査機関は非常な活躍を示し、直ちに被害者の何者なるかを確実にした。次いで彼女の素行その他を調べ、一方、油紙の出所等を直ちに調べあげ、やがて間もなく、平然としていつものように小学校に出てきた坂田種雄は捕縛せらるるに至ったのである。

           検事、予審判事の水ももらさぬ綿密な取り調べにあい、坂田種雄は犯行の全部をかくすことなく自白してしまった。ただ一点殺意の点を否認したのである。
           一言でいえば、彼があの日あの場所で、富士妙子に毒薬○○を飲ませた事実は坂田もそのとおり認めるのである。
          「けれど私は妙子を殺す気では絶対になかったのです。ただ堕胎する目的であの薬を飲ませたのです」
           と彼はあくまで主張した。
           ところが取り調べの結果、ここに一つの坂田にとって非常に不利な点が見出された。それは犯行当日より約一ケ月以前に、大阪の父から彼のために非常に立派な嫁を世話してくれることになっており、彼自身一度大阪に行ってその本人と会って、結婚を承諾する旨の返事をしている事実であった。
           そしてその妻たるべき女の家はそうとう立派な家で、坂田の有望なのを見込んで、かなりな金をもって嫁にくる約束ができたわけなのである。
           検事は、この点に、殺人の動機が認められると信じて、この点から深くせめたが、彼はあくまでも否認した。
           彼の陳述はだいたいにおいて次のとおりであった。
          「私が妙子といい仲になりましたのは、もちろん互いに愛し合ったからでありまして、どちらも少しも浮ついていたわけではありません。けれど私も一人息子であるし、妙子も一人娘のことですから、お互いに結婚できるとは思いませんでした。この点は妙子もよく知っていたはずであります。
           結婚できぬ者が互いに許し合うということは、いいことではないかもしれませぬが、それだからと申して私が妙子を愛していなかったというわけではありませぬ。今度大阪の某女との婚約が成立しましても、妙子は何も申す理由(わけ)はないのです。
           もっとも私はその事実は黙っておりました。その理由は、これから申しますが、目前に迫った大問題がありましたので、妙子は私に会うたびごとにその話を致し、ヒステリックになっていたので、私はまず妙子の腹の始末をつけ、ひとまず落ちついてからゆっくり話すつもりだったのです。さきに申したとおり、妙子ははじめから私と結婚できぬことは知っていたのでありますから、それを話しましても大丈夫と思っていたのです。
           私が、妙子が妊娠したことを知ったのは、今から五ケ月くらい前だったと思います。妙子が私に申したのです。私はその時はそれを信じませんでしたが、いよいよ確実になった時はどうしたらよいかと考えました。
           もし彼女が子を生むことにでもなれば、私も妙子も学校にいるけには無論まいりませぬ。二人ともやめなければならないのです。妙子は泣きつづけておりましたが、あるとき私に、なんとか今のうちに腹の始末をするわけにはいかないものだろうかと申しだしました。私はもとよりそんな大それたまねはできませんから、はじめのうちはいいかげんにあしらっておいたのです。でも自分でも、なんとかしなければならないとは思っておりました。
           そのうちにだんだんと月日はたってまいりますし、妙子の腹はだんだんと大きくなってきます。もう間もなく人には隠されぬという程になってきましたし、妙子はますますヒステリックになり、もしこのままで進んでゆくなら死んでしまうと申すようになりました。
           私自身にとっても妙子の腹のことは大問題なので、まことに申し訳ないこととは存じましたが、彼女の勤めがあまりに激しいものですから、とうとう私も堕胎する決心をきめたのであります。それは一ケ月ほど以前のことです。けれども私には堕胎の方法は分かりませぬから、決心だけはついたものの手の下しようがなくてそのままに過ぎてしまいました。
           そのうちに、はからずも私は毒薬○○を手に入れることができたのです。人様に迷惑がかかりますから、これだけは隠すつもりでいたのですが、こうなれば仕方がありませんから申し上げます。
           私の家の近所に××薬局というのがあります。そこに田代という薬剤師がおりますが、私は銭湯でこの男と懇意になりました。それでよくいろんな話をするようになりましたが、ある日田代に『子をおろす薬がないかしら』とひそかにききました。田代は『毒薬○○を×グラムくらい用いれば効き目はあるかもしれない』と申しました。
           それで『実はせっぱつまってどうしても堕胎しなければならぬ事情があるんだが、どうかひそかにそれを×グラムだけわけてくれないか』とたのみますと、二三日うちにやろうというので、その日はそれで別れました。
           私はもちろん毒薬の○○というのがどんな薬で、どういう働きをするものだかということは知らなかったのです。あんな恐ろしいことになるとは少しも思いませんでした。もし私が毒薬○○の効き自を知っていて、妙子を殺すつもりだったなら、なにもXX薬局から貰わないでも、×X小学校の理科教室にだってあるのですから、それを盗みだしてもいいわけなのです。
           田代から薬を貰ったのは、あの事件の日より二日前でありました。
           私は薬を貰ってからのち妙子にそれを飲ませるまで、包み紙を開いて中を見たことさえありませぬ。貰ってきたままで妙子に飲ませたのです。
           私が妙子にM駅で出会い、薬を飲ませましたまでの順序は、この前申し上げましたとおりで、妙子もむろん子を下ろすつもりで飲んだわけであります。
           私があの場所をえらびましたのは、人目が少なくてあとの始末がしよいと思ったからであります。
           薬を飲ませますと、妙子は大変に苦しみだしまして、しまいには目をつり上げて私に、
          『人をだまLて殺すんだね』というようなことを叫びました。
           私はただ狼狽しているうちに、とうとう彼女は死んでしまったのでした。あの時すぐ自首すればよろしかったのですが、あまりの恐ろしさに驚いて、かねて下ろした子の始末をするつもりで運んであった鍬で土をほり、その中へ彼女の死体を埋めてしまったのであります。
           なお、私が実際に貰った毒薬○○の量はかなり多くて、xグラム位は確かにあったようであります。
           右申したとおり、毒薬○○を飲ませたのは確かに私でありますが、しかしけっして彼女を殺す目的で飲ませたのではありません。だいいち毒薬○○の特質を、まったく知らない私にはそんなことはできないわけです。のみならず私が子を下ろす目的であったということは、田代に語ってあるのですから、聞いていただきたいと思います。
           それに、殺す目的だったら油紙なんかをあそこに持ってゆく必要は少しもなかったはずです。堕胎した後の始末をつける必要があったからこそ、あんな物まで持参したのでした。鍬も無論その始末をするためなので、けっして死体を隠すつもりで運んだのではありません」

           坂田の陳述はだいたい右のようなものであった。
           証人として予審延に出廷した田代は次のごとくに陳述した。
          「私は××薬局に勤めている薬剤師であります。このたびはとんだことを致しましてまことに申し訳ございませぬ。以後謹みますから、なにとぞこのたびだけはご寛大のご処置を仰ぎとうございます。
           私が坂田と知り合いになりましたのは、まだこのところ二月位であります。同じ銭湯にまいります関係から懇意になり、家も近くですし、それにお互いに将棋が好きなところから、ちょいちょい縁台でやったりするので親しくなりましたのです。坂田はまことにおとなしい人で、それに堅い職業についている人ではあるしするので、無論こんな問題を引き起こすだろうなどとは考えませんでした。私はまったくあの人を信用していたのであります。
           するとある日、坂田が私に『毒楽○○を少しわけてくれないか』と申すのです。それはたしかにむこうから薬品の名前を申Lたのであります。私はそのとき何に使用するのかと尋ねましたが、彼は判然たる答えをしないで、その時はそのままになってしまいました。
           ところがそれから十日ほどたちましてかち、また同じような要求を致しました。
           ご承知のとおり、○○は毒薬でありますから、むやみにやるわけにはゆきませぬので、その旨申しますと、坂田は、そこを何とかしてやってくれないかと頼みました。私は再び何に用いるのかと申しましたら、何か消毒をしたいのだと答えました。○○水の方がよかろうと申しましたが、結晶のものの方がよい、少しでいいから、ということでありましたので悪いこととは思いつつ、やる気になったのであります。
           今から考えますと、あの男が女を殺した二日ばかり前のことで、坂田がやってまいりましたので、私は○○を×グラムばかり紙に包んでやりました。
           そのとき用いましたのは、いつも普通薬を包む包装紙でありまして、日本紙ではございません。彼はちょっと中をのぞいて見ていましたが、礼を言って帰っていきました。するとしばらくたってから、また戻ってまいりまして、○○で子を下ろすことができるだろうかと尋ねました。
           私は初めて彼の目的を知ったような気がして、はっと驚いたのですが、もうやってしまった後ですから、どうすることもできません。私は×グラム位ならば目的を達するだろうと答えましたが、しかしずいぶん危険だから、量を少しでも越すと生命(いのち)が危ないぞと答えたのでした。
           私が彼に薬をやった次第は右申したとおりであります。人を殺すことができるか、というような質問は受けませんでした。子をおろすことができようかという質問を受けたことは、いま申したとおりでありますが、相談を受けたことはありません。
           私は坂田が薬について語ったのを聞いたことはありませんから、彼が薬品に関してどれくらいの知識をもっているか、全然わかりませぬ」

           富士妙子はM駅付近の森の中で、坂田種雄に毒薬を渡され、これを飲んで死んだことはすべての点から見て、一点の疑いはない。ただ坂田は検事の前でも、判事の前でも.妙子を殺すつもりではなかったということを徹底して主張している。
           果たして被告人の言うとおりであるか。しからざるか。作者はこの大問題を読者の前に残してこの稿を終わる。
           最後に一言作者から申しあげておく。
           被告人の陳述には事実と相違した点が見出だされる。しかし被告人が一言嘘を言ったからといつて、被告人の言うこと全部を嘘だと即断されてはならない。
           それから、薬品授受の問題については、被告人の言うところと証人の言うところとはまったく違う。この場合には被告人も証人も、嘘をつきたい立場にいるという事実をお考え願いたい。
           問題に対しての判断は、あくまでも合理的でなければならぬ。

             「富士妙子の死」誌上陪審

          【問題】
           坂田種雄に殺意ありや否や?

          【解答】
           殺意あり
           殺意なし
            (いずれか一方を消す)


            作者の言葉

           坂田種雄が富士妙子に毒薬○○を東京都外のある場所で飲ました。その結果妙子は生命を失ったのである。これだけは間違いのない事実だ。しかしこれだけで殺人事件とすることは無論できない。坂田は絶対に殺意を否認している。毒薬○○を妙子に飲ましたことを認めているけれど、しかしそれは彼の自白に従えば、妙子を殺すために飲ましたのではなく、他の目的のために飲ませたのだと主張している。
           すなわち彼の主張に従えば、妙子に対しては過失致死が成立して殺人罪は成立しない。彼の行為は刑法の他の法条にも触れるけれども、それはこの場合問題としてないことにする。
           問題は果たして坂田の言うごとく、殺意がなかったかどうかということである。
           男がある女に恋し、のち他の女を獲(う)るために.従来の恋人から逃れるべくこれを殺すということは、必ずしも当然な帰結ではない。かような例は、必ずしも定跡ではない。けれども殺人の動機となり得ることもけっして少ないことはない。
           それゆえ、この場合これを殺人の動機と見ても無理はないと思う。けれども殺人の動機があって、事実その相手の女が死んだからといって、直ちに被告人に殺意あるものとなすことは無論できない。
           殺人の意思というものは、まったく本人の主観であるから、神様ででもないかぎり直ちに看破できるものではない。したがってこの場合、他の種々な点からそれを考えなければならぬ。
           坂田に殺人の意思があったか否かは、つまりこの場合、坂田に毒薬○○についての知識があるかないかという問題に他ならない。もし彼にして○○を×グラム人に飲ませれば生命がなくなるということを知っていたとし、しかしてこれを妙子に飲ませそのために妙子が死んだとすれば、もちろん殺意ありということになる。
           ところが坂田は薬物に関してはまったくの素人ではない。彼は上京する前に京都で約一年半薬剤師の見習いをしておる。○○という毒物はけっして珍しいものではないから、彼がこれに関してまったく知識がなかったとは言いえない立場にある。のみならず、彼はうかと口をすべらして、予審廷において、
          「なお私が実際に貰った毒薬○○の量は、かなり多くて×グラム位はたしかにあったようであります」
           と言っておるが、目分量でこれだけの当たりをつけ得る以上、薬物の知識はそうとう、またはそうとう以上にあるものと見なければなるまい。
           結局彼は妙子が堕胎を欲しているのを奇貨として、これをあざむき彼女を殺したと見るべきであろう。
           したがって油紙を持参したのは一種のトリックであり、田代に「子を下ろすつもりだ」と言ったのも、自己に有利な言葉をわざと言ったものと解せられる。彼が薬の中味を見なかったということは、死体のそばに薬を包んだらしい半紙が発見されておるから、これも嘘だということになる。
           この点、証人田代の「包装紙に入れてやった」という証言を採用してもよかろう。なぜならば、この点については証人は嘘を言う必要がないのだから。
           そのほか証人の証言と被告人の陳述と矛盾している点があるが、このところ、証人の言は、必ずしも信頼できない。
           証人はできるだけ自分が毒物を与えたことについて、自己に有利な情状を作りたい立場にあるからである。(了)










          posted by: nandemoya1 | ちょっとだけ読書 | 06:50 | - | - |
          浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」01
          0

             

             

            浜尾四郎探偵小説「島原絵巻」01

             

             

             あなたは大矢月堂(おおやげつどう)という名を聞いたことがありますか、日本画の画家なんですがね。これが彼の作品ですが、どうですそうとう物凄いでしょう。

             

             私から言えばちょうど父親位に当たる老人の箕島さんは、老眼鏡を鼻柱のところにぐっと下げながら私の方を見て微笑をもらした。手には一巻の巻物をもって、その紐をほどいている。

             

             ね、あなたのように物凄いことばかり書きたがってる方にはお気に向くと思って、今ではわざわざ婆さんにそう言って蔵からこれを出させておいたんですよ。
             

             大矢月堂という男はいま生きていれば四十五六になりますかね、仕事に熱心なある意味では感心な人でした。ただ仕事のことになると少々気違いじみたところはありましたがね。ほら、絵にもだいぶその性格が出ていましょう。

             

             こう言って老人の手によって広げられた絵巻は、なるほど一瞬にして私の目を奪ってしまったのである。
            何と言っていいか、いわばグロテスクな、変態とでも言おうか、そういったような血みどろな物凄い光景が陸続として私の目の前に展開されてきた。

             

             男がいる、女がいる、少年がいる、少女がいる、否、赤ん坊さえも母に抱かれている。それが皆、血みどろになって、あるいは天に向かって叫び、あるいは地に伏して断末魔の苦悶を味わっている。私はその絵を見た刹那、一体これは何を意味しているのかと疑った。
             

             老人は私の疑問に答えるようにつけ加えた。

             これは島原の殉教者たちを描いたものなんです。月堂はこの絵を完成して死にました。この絵を完成させるために生きていたと言っていいくらいなものです。おしいことをしましたよ。あれが今頃まで生きていれば、近頃の何とか趣味にうまく合って、絵もさかんに売れたんでしょうがね、何と言いますか、まあうまい時に出くわされなかったのですね、運がなかったとでもいうのでしょう。不運な男ですよ。
             

             どうしてこんな絵を描いたかというと、これが彼のほんとの趣味だったのです。ご承知のとおり、大家にならなかった画家というものは惨めなもので、月堂も平常は芝居の絵だの、雑誌の挿絵なんか描いて食っていたんですが、一生のうち.百人の人間を立派に殺してみたい殺してみたいって言ってました。と言ったって無論ほんとに人間を殺すわけじゃありません。ちょうどあなた方が小説の中で何人も人を殺すように、立派な人殺しを絵の中でやりたいって言うんです。今でまず変態な趣味とでも言うんでしょう。ひまがあると斬られたり殺されたりしている人間を描いていました。
             

             ところでどうです、ようく一人一人見ていってごらんをさい。この絵が非常によくできていると思いますか、物足りないとは思いませんか。

             

             こう言われて、私ははじめて、はじめの魅力から逃れた気持ちで再びその絵を見直したのである。素晴らしい、なるほど素晴らしい絵には違いないが、老人にはっきりそう言われて見ると、絵の調子にどことなく誇張があるように思われた。

             

             あなたは、気がつかれたろうが、この絵にはだいぶ嘘がある。きれいな絵のすきな素人をごまかすのにはこれで十分だが、こういうことに趣味をもっている人をごまかすことはできないってのが月堂の不満だったのです。なぜかと言えば、月堂自身が、殺された死体はたびたび見たことがあるが、殺されようとする刹那の人を見たことがないからだ、というわけですね。
             

             こりゃもっともな話で、そうざらにそんなところを見る人もないものですが、月堂は死ぬまでにどうか一度そういうところが見たい、見たいって言ってましたが、とうとうその望みが達せられて、――しかも下手人が月堂白身なんですが、――その結果できあがったのがこれなんです。

             

             老人のこの終わりの方の言葉が、私に非常な驚きと好奇心をよびおこしているのを尻目にかけながら、老人は新しい一巻を取りだして私の目の前にさっと広げた。

             

             私はその絵を見た時、ぞっと全身が震えるのを感じた。
             

             絵は三尺に二尺位のそうとう大きなものだが、そこに描かれているのはたった一対の男女だった。美しい小姓姿の男と可愛い娘とだが、小姓の方は全身を裸体にされた上、鎖できりきりと後ろ手に縛られて鉄の柱にくくりつけられている。娘もやはり縛られたまま柱に倒れかかっているのだが、すさまじいのは小姓の顔面の表情であった。
            画面にはこの二人物以外に何もなく、ただ小姓の膝の辺りに墨がぼかしてあるばかりだったが、小姓の顔色から、今にも彼が焼き殺されようとする最後の刹那の説明がはっきりと分かる。今や火が上がってこようとするのだ。


             小姓は自分の運命を知ってはいながらも、なお身もだえて逃れようとしている。その刹那、火に対する極度の恐怖と、刑を行おうとする、描かれていない役人に対する燃ゆるがごとき呪いと情念が、どんなにまざまざと浮かび出ていたことか。
            炎の一片をも描かずして、火あぶりの物凄さは局面一杯に広げられている。何という手腕だろう。美しい小姓は今にも私に向かって呪いをあびせようとしている。

             

             

             

             

             

            仏教美術コレクション モテモテグッズ研究所 本のベストセラー

             

             




            posted by: nandemoya1 | ちょっとだけ読書 | 23:34 | - | - |